想定外のアクシデントに見舞われた剱岳早月尾根登山
2026年5月号の医報とやまに掲載された文書です。
想定外のアクシデントに見舞われた剱岳早月尾根登山
2024年9月23日(月)は秋分の日で、日曜日と合わせて連休となり、1泊2日の早月尾根からの単独での剱岳登山を計画したが天気予報では9月22日は接近日だった。9月22日早朝、豪雨の中を上市町の馬場島に向かう。土曜日は休診ではないので、自分にとっては貴重な連休で、どうしても登りたかった。合羽を羽織り、重い荷物を背負い、土砂降りの中を出発したがすぐに全身ずぶぬれになった。標高300m登るごとに休憩したが休むごとに靴を裏返しにして水を出し、靴下を脱いで絞ぼった。なんとか頑張り抜き、標高2200mにある早月小屋についた。テント場には、一張りのテントもなく、あたり一目面水浸しになっており、上のスペースにテントを張った。軽量化のため、着替えはもってきておらず、後悔したがどうしようもない。濡れたまま寝袋に入ったが、夜間、胴震いが何度も起こり寝付けなかった。
翌日、高曇りの中、疲れてはいるが執念で頂上に向かう。岩場が濡れており、スリップに注意する。頂上にたち、早々に下山にとりかかる。頂上から2600mまでの間は要注意であり、滑落したら助からない。無事にテント場に戻り、雨で重くなった荷物を担ぐ。これから標高差1500mを降りなければならない。
標高1300m付近に6mくらいのロープがあり後ろ向きになって降りた。途中まで来た時、プシューという音と共に薬品の匂いがして、右顔面と右眼に激痛が走った。もんどりうって地面に仰向けになった。何が起こったか理解するまで数分を要した。ロープで降りているとき、ロープで腰に携帯している熊スプレーの安全クリップがはずれ、発射ボタンに肘がかかり、至近距離で右顔面にスプレーがヒットしたのだった。右顔面は火傷状態で、右眼は白い靄でだんだん見えなくなってきた。水筒を取り出し、残った水で目を洗いまくった。左目はかすかに見えるので、重い荷を担ぎ、座頭市のようにストックで一歩一歩、足場を確認しながら急斜面を降りた。失明を覚悟し、角膜移植のことが頭をめぐり、本日中にどうしても馬場島まで降りようと決心した。
登山道の最後に滑落事故が度々起こる標高差100mの急斜面があるが、闇の中、ヘッドライトを装着し降りきった。受傷して約5時間で視野が戻り始め受傷後3日目、当院の休診日に眼科を受診し涙液の減少を指摘されたが角膜自体には損傷がなく、安堵した。大変厳しい試練の山行であった。
